昨年の米国サブプライムローンの破綻に始まった世界経済の急降下は実態経済へ波及し、自動車産業も大波に直面している。
・世界経済の後退
サブプライムローンの破綻はリアルエステートビジネスを「流動化」という手法でノンリアルな金融商品にし、金融工学!と称して投資家へ「見えない化」して販売するという、米国流利益至上主義の破綻でもある。この「見えない化」はまるでGMの役員フロアのようだ。
今回のGM、フォードらの大幅販売減は彼らの息の根を絶つ寸前に至り、米政府の支援に生死を握られている。長年の官頼みの怠慢に対して支援には賛否があろうが、金融と同様に米経済の破綻を防ぐためには止むを得ないのだろう。
しかし、問題は米企業に止まらず日本車の販売も大きく下落し、トヨタ、日産、ホンダらは夏以降毎月米車並みの20~30%減が続いている。
何故か?
従来、燃費の悪い米車の販売減少は当然と見られていたが、日本車までの大幅減少は予測されざる事態。コンパクト、低燃費、高品質だけではユーザーの不安を解消できないほど米国の経済は急減速し、金融不安からローン販売への影響も大。
結果的にこの異常縮小の市場でトヨタが世界一の自動車会社になる可能性大だが、低燃費、高品質による量的拡大戦略だけでは米ビッグスリーと同じ運命をたどる可能性大であることも露呈した。
・コモディティー化
IT産業の直面する果てしない価格下落は、ものづくりの限界に近づいてきているかのようだ。携帯電話の不振、5万円PC等の低価格化はこれらハイテク商品がいずれもコモディティー化してきたため、製品の特徴・性能より価格優先になってしまった実態を表している。
不況下で顧客自身が本当に必要なものは何か?を考え始め、供給サイドの目論見通りには行動しないことも示している。
自動車も同様な現象に直面してきているのでは?
トヨタ自動車をはじめ各社が「耐久性の高い」「低燃費」の車を高い生産技術で「低価格」で供給する戦略で世界市場を獲得していったのだが、同時にこの3つ以外特徴の無いコモディティー商品化の道をたどっているのではないか。
日本の若者は車に興味がなく、携帯電話・PC・ゲーム機が車のライバルと言われて久しいが、これらIT商品も販売不振に陥っている昨今、車も同じ道をたどるのか。
車の面白さ、車と生活の係わり合い方を示さず、同一車台からの多数の派生商品で量的拡大を図ってきた日本車はグローバルな市場での競争相手は韓国、中国、インドだけになってしまうのでは。
・技術先行している?
今やトヨタプリウスは世界で最も有名な車の一台である。
一般の自動車ユーザーは、トヨタを中心とした日本車はハイブリッド等技術面でダントツの世界一と思っているのではないだろうか。
本当か?
確かに日本車は従来から排ガス対策等で先端を走ってはいただろう、だがVWのTSI、DSG等を凌駕する技術・発想はあるだろうか。多くの日本の技術者、ジャーナリストはTSI、DSGにはしてやられたと思ったに違いない、ここに日本の問題点がある。
つまり、視点の違い発想の違いである。ヨーロッパ勢は車との生活に長い歴史があり、生活者視点で何が必要かをロジカルに考えようとする、しかし、日本は量的拡大に視点が傾いているように思われる。こうした文化の違いが製品の違いに表れているのではないか。
日本では1980年代に盛んにTURBO車が発売されたが、未だにハイパワー獲得手段の発想だ。
本来排気タービンは小排気量エンジンでも高効率で出力アップできるはずのもので、現下の環境問題に正面からこの技術を熟成した結果がTSIだ。何故日本では出来なかったのか、軽自動車であれだけTURBO車が商品化されているのに。
トヨタがTPSとハイブリッドを誇っている間に、VW、メルセデス等ヨーロッパ勢は総合的、且つ実用的な省エネルギー、CO2対策の研究を重ね、ディーゼルエンジン、TSI、DSG等で着実に技術先行してきているのではないか。そこには上記の生活者視点、自動車観の違いがあるように思う。
トヨタらの米国市場依存度の高さがGM等と同じ量的拡大による利益拡大の自動車観である一方、ヨーロッパ勢はトータルな自動車観と、LCCも考慮した温暖化・CO2対策をロジカルに考えているのではないか。
たぶん世界一の自動車会社になるトヨタが、いかにプリウスの累計生産台数が100万台を突破したといっても、現在の延長で中国、ロシア、インド等で爆発的な量的拡大を続けた場合、排熱・CO2の拡大による地球温暖化とどう折り合いをつけるのか。地球規模の環境問題直結の産業としての自覚・戦略を強く求めたい。米三社のガソリン垂れ流しの製品戦略を長年改めない怠慢、経営者としての倫理感の無いまま巨大化していったのと同じ道を歩んで欲しくない。
それと上記の自動車観である。
TPSは高効率生産、低コストを達成するトヨタが誇る生産システムで大きな利益をもたらした。しかし、その結果、コスト優先に傾き顧客の生活者視点に気付かず、開発側の思い・熱意を奪う結果になっていないだろうか。それは同一車台からの派生商品の数に表れているのでは?
「iQ」の発売は一点の光明と期待したいところではあるが。
・ジャーナリズムも問われている
こうした自動車産業の置かれた立場と求められる責務の一方、ジャーナリズム側も問われている。
各誌とも毎回似たようなロードインプレッションを多量に排出し、独御三家(メルセデス、BMW、AUDI)の4ℓ,5ℓクラスのレポート等は環境無視のハイパワー競争への加担ではないか。
また、日本車でリポートに値するのは「iQ」だけなのか?日本車が国内外でこれだけ多量に販売されている事実をもっと客観的な視点で、先入観を取り除いて見直すべきではないのか。
現在の自動車ジャーナリズムは、移動体としての車はどうなるのか?どうあるべきか?等もっときちんと議論すべきだ!世界一の自動車生産企業のお膝元ジャーナリズムなのだから。
業界代表誌と言われる「CAR GRAPHIC」誌すら例外ではない。40年来のCG読者でも残りあとせいぜい15年だ、車に興味の無い若者が増えているということは、同時に車雑誌を講読する読者も減るということだ。
「ロードインプレッション、長期リポート」を小林彰太郎氏が始めたCG創刊時と、45年経過の現在では社会も大きく変わったのに、あれからどう進歩したのか?もっと採り上げるべきテーマはあるだろう。
例えば、車に関心の無い若者へのインタビュー・分析、ユーザーの車との生活事例、メーカー開発現場の技術者の苦悩、自動車産業の10年先のビジョン・戦略、テクノロジーの解りやすい解説、グローバル市場の実態・分析、自動車社会の環境への影響度、道路行政の問題・・・・
40数年の自動車誌読者としては奮起を促したい、個人の趣味の世界ではあるまい。
ジャーナリズムの提言を期待したい。
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