「東京都写真美術館」に行ってきた

東京都写真美術館はコレクション展「旅」を開催中。9月からの第3部「異邦へ 日本の写真家たちが見つめた異国世界」に行ってきた。
http://www.syabi.com/details/collection3.html
「旅」と「写真」は密接な関係にあるが、19世紀から現代までの日本人の海外への視点を表現している。第1部「東方へ」、第2部「異郷へ」、第3部「異邦へ」がテーマで、第3部が第1章~4章までの構成となっている。
第1章:異邦へ -絵画的風景の方へ- 「安本江陽、福原信三」
第2章:異邦人としての眼差し 「木村伊兵衛、渡辺義雄、桑原甲子雄、名取洋之助、三木淳、林忠彦」
第3章:自己探求への途 「奈良原一高、川田喜久治、植田正治、森山大道、小川隆之、深瀬昌久」
第4章:歴史の証言者としての旅 「港千尋、白川義員、並河万里、長野重一」
第2章の木村伊兵衛~林忠彦らは我々世代にとっての大御所で、日本の写真界の基礎を作った人達。第3章の奈良原一高~深瀬昌久らは少し身近な存在、奈良原一高は最も好きな作家だ。
第1章の安本江陽らの時代は画家がパリを初めヨーロッパに渡った時代を思わせる。安本江陽の作品はこの時代のカメラ、レンズの性能のためか極めて絵画的。セピアカラーと構図が一層絵画らしさを感じさせる。
第2章の木村伊兵衛らは近代化しつつある日本社会からの旅立ちの記録で、皆一様に日本と北米・ヨーロッパとの経済的・文化的な違いに驚いている様子が伺える。名取洋之助、三木淳、林忠彦らの作品は1930年代~1950年代の海外が対象だが、30年代の豊かなアメリカ社会や自身も生まれた50年代の日本とのあまりの違いに驚く。桑原甲子雄の作品では当時の満州、中国大陸と戦前の現地日本社会のリアルな映像を初めて見た。
しかし、ここでの収穫は木村伊兵衛と渡辺義雄の作風の違いだ。木村はライカを使った機動的な写真で時代を切り開いたのだが、この35mmカメラの威力は被写体たる人物そのもの とその場の人々の心の瞬間も表している。それまでは写真術的に時間をかけて撮影していたものを瞬間的に切り取るため作者自身の躊躇い自体までも表現されている。現代のスナップ写真の基礎か?
一方、渡辺義雄の作品は凛とした構図、写真の美しさをシャープに表現している。全てに作者の想いと意図が表れ、狙いの美しさと粋が溢れている。
この点では第3章の奈良原一高の作品等は全て作者の計算しつくされた結果だ。
第3章からはカメラ技術、国際化した環境、混沌とした社会・・・写真が身近な世界となる中での強力な表現技術としての写真が表れている。
奈良原一高の「消滅した時間」に表現された一枚一枚が70年代の自身の学生時代の記憶を鮮明に呼び起こす。「ヴェネツィア、刻まれた矢印、ロッキー残雪、トイレット、アイス・スタンド、モニュメントバレーの見える車窓、犬の散歩・・・・」当時強烈に印象付けられ、その後の写真表現の原点となったものだ。「カメラ毎日」の毎号作品を吸い寄せられるように見ていたことを思い出す。
森山大道、深瀬昌久の作品を見ると、荒木経惟、細江英公、東松照明、横須賀功光らと共に混沌とした内面世界を大胆に表現した時代の流れを思い出す。粗粒子・ブレ・ボケは学生達の議論の的だった。
今回は正に自身が写真に入れ込んでいた学生時代の作品群であったため想いもひとしおだったが、多くの作品を鮮明に記憶していたことも驚きだった。
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